「俺たち2」管理人による遠距離通勤マガジン

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小説(?) 祭りが終わって Vol.4  Vol.1 Vol.2 Vol.3

翌朝、いつもの通りに会社に行った。どんよりとした天気だ。御輿を担いだ肩がひりひりしたり、足腰ががくがくしていたが、周囲には何でもないように振る舞った。同僚が祭りに行けなかったことを詫びたが、どうでもよいことだった。M子も知らん顔している。いつ話しかけてくるのだろうと期待しなかったと言ったら嘘になる。しかし、却って話しかけられても困惑するだけだ。なんだか、全ての人間が私にとって煩わしい存在に思えた。Kはいつものように帳簿に何かを一生懸命書いている。私のほうには目もくれない。

昼休み、私は屋上で弁当を食べる誘いを断り、一人で駅方面の小さな中華料理店で昼食をとった。Kと出来るだけ離れていたかった。初めて入った店だが、他の客がまばらでやっと心が落ち着いてきた。メニューを眺めながらヤスのこと、その友人のこと、電器屋のおやじのこと、乾物屋のおばちゃんのこと、そして御輿を担いでいた時のことを考えていた。
「はい、なんにします。」
店の奥からじれったそうな顔をして店員が出てきた。
「あ、チャーハンとラーメン。」
私は慌てて答えた。
実は、注文は何でもよいのだ。焼け食いでもしたい気分だった。

秋が過ぎて冬になった。Kが来春からの人事異動の対象になった。長年東京勤務だったのだが、実家のある島根に近い勤務地を本人が希望したらしい。体の良い左遷という噂もある。いずれにしても、Kが私から遠く離れるのは大歓迎だった。あれから、Kとは全く会話を交わしていない。時々、エレベーターの中で会うこともあった。しかし、挨拶程度はするにしても、それ以上会話することはなかった。むしろ、会うことすら鬱陶しく思えてならなかった。ひょっとすると、Kは私に対し悪いことを言ってしまったと後悔しているのかもしれない。しかし、私は許さない。あの夏の良い思い出を一瞬のうちにぶち壊してくれたKを憎んでさえいた。M子とは同僚の集まりで席が何度か隣り合わせになったが、祭りの話題は一切出なかった。

更に二十年が経った。私は、あの祭りのことを今でも鮮明に思い出す。なにが楽しかったのかと言えば。見知らぬどうしがあれほどまでに一緒に盛り上がる行事を他に知らなかったからだ。しかも、よそ者の私を心から歓待してくれた。それもKのお陰なのだろうか。確かにKは地元に厚い信頼を築いていた。会社ではまったくといって存在感すらない彼がどうしてそこまで地元に根づいているのだろう。給料分だけ働けばよい、という彼の声がまだ耳に残っていた。

私は色々な事情で転職した。あの祭りの2年後だろうか。同僚や関係の深い上司が私の送別会を盛大に開いてくれた。一方のKは転勤が都合で延び延びになっていた。私は、彼がこっそり送別会の会場に現れてくれることを少しは期待した。しかし出席どころか、私が会社を辞めることさえ知らないような感じだったと後で聞いた。実際、彼にとっては私が会社を辞めようが、辞めまいが、どうでも良いことであった。なにしろ、会社での彼は人事交流は一切しない主義なのだ。

私がその職場を去って数年後、Kが退職したことを元同僚から聞いた。岡山へ転勤してすぐだったという。実家の島根に帰り、細々と経営している家業を継いだらしい。今なら六十から七十歳くらいだろう。二十年経て彼はどう変貌したのだろうか。一度訪ねてみたいものだ。かくいう私もいつの間にか四十を過ぎていた。元同僚とはここ十年会っていない。おそらく私と同様しょぼくれた親父になっているはずだ。M子は結婚し、幸せな家庭を築いているだろうか。祭り囃(はやし)を聴く度に当時のことが次々に浮かんでくる。

ところで、T市には通り過ぎることはあっても全く足が遠のいていた。所用があれば、ついでに駅周辺を歩き、例の商店街を訪ねてみたかったが、機会に恵まれなかった。今年になって人事異動があり私の職場がT市に近くなった。私は仕事にかこつけてT市の駅に降り立った。さすがに二十年前とは商店街の様相が変わっていて、まったく見知らぬ土地に来たのではないかという錯覚に陥った。大きなマンションが商店街の入り口に聳えていた。むしろそれは、より商店街を貧相に見せた。通りを歩くと、所々が空き地になっていたり、コイン式の駐車場になっていたりと以前より一層寂しげな状態だった。

古めかしい八百屋を見つける。客も店員もいない。ただ、奥でテレビの音声が静かに聞こえてくることから、誰かいるのは間違いない。とすると、ヤスかもしれない。果たして売る気があるのだろうかと疑うような感じが店に漂っていた。おそらく周囲の消費者も大型スーパーで買い物をし、緊急時以外にはこのような店には来ないのではないかと思った。いっそ店を畳んだほうが良いのに、とヤスに言いたかった。

私はその店に入る勇気が無かった。私にとっては思い出の店だが、ヤスにとってみれば私なんて、ほんの一瞬の記憶に過ぎない。勇気を出して、あの時の私だということを説明しても理解してくれないような気もした。仮に思い出してくれたとしても、Kが私を悪く言っている可能性もある。後ろ髪を引かれる思いでヤスの八百屋を通り過ぎ、神社へ向かった。相変わらず何の変哲もない小さな社だった。

ついでにKの家にも足を伸ばした。新緑が目に鮮やかな季節だ。夏草の匂いも、どぶ川の匂いも気にならない。むしろ川面を伝わってくる微かな風が心地好かった。二十年ぶりなので二三度道を間違えたものの、どうにか辿り着く。私はKの家はとっくに消え失せているものだと思っていた。ところが健在そのもの。しかも、新しい住民がいることが洗濯物が干してあることで分かった。建物は確実に古くなっているが、きちんと手入れした庭木と子どもの自転車が2台置いてあることも以前とは全く異なっていた。

私は暫く元Kの家だった玄関先で足を止めた。子どもが言い争いをする声が聞こえ、すぐに母親と思われる怒鳴り声が続いた。私は暗い感じのしたKの妻を思い浮かべた。もし、彼女にも子どもがいたら、きっとこんな感じになっていたであろう。おそらくKも性格が変わっていたかもしれない。私は元来た道を引き返した。もう二度とここには来ないだろうと思った。ふと強く吹いた風に、どぶ川沿いの背の高い雑草が一斉に揺れた。



祭りが終わって(その1)   祭りが終わって(その2)
祭りが終わって(その3)]   [祭りが終わって(その4)


この物語はフィクションではありません。事実に基づいて書いてみました。でも、登場する人物や会社には迷惑を掛けられないので、場所を変えたり、適当にフィクションを混ぜております。その後K氏がどうなったかはやはり分かりません。読者のみなさん(といってもごくごく少数だとは思います)が物語のエンディングでなんとなくわかって頂いているとは思いますが、実はK氏のことを執筆中に少しも悪く思っていません。むしろ会いたいです。少し余裕が出来てきたら島根のほうへ出向いてゆこうかなんて考えてます。

2010.2.13

小説(?) 「祭りが終わって」(1〜4) 2001.5.26 T.Shibazaki



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